◇大阪マラソン(2026年2月22日 大阪府庁前~大阪城公園内、42・195キロ)
初マラソンで34位と力走した吉田響(23=サンベルクス)が22日、自身のX(旧ツイッター)を更新し、話題を集めたレースについて言及した。
8キロ手前で、大海主催者が用意したペースメーカーを追い抜いて第1集団を抜け出し、日本記録(2時間4分56秒)を上回るペースで30キロ地点を通過した。その後、ペースダウンし37キロで後続に追い抜かれ、最終的に2時間9分34秒でゴール。そのまま倒れ込み車いすで搬送された。
吉田は「32km過ぎに低血糖と脱水になってしまい」と明かし、「なんとかゴールはできましたが、その後1時間ほど救護室でお世話になりました。現在は無事に回復しています」と報告した。
「結果としては悔しい形になってしまいましたが、自分にとっては最高の大阪マラソンになりました」と初挑戦の42・195キロを回顧。「8km過ぎから飛び出し、自分でレースをつくれたこと。35kmまでは安定したペースで走れたこと。低血糖と脱水で目眩があり、止まりそうになりながらも最後までゴールできたこと。自分の課題が明確になったこと」と収穫を挙げた。
続けて「多くのファンの皆様、企業の皆様、選手の皆さんのおかげで、自分という選手が成り立っていると改めて実感できたこと。たくさんの課題と、大きな収穫を得ることができました」と感謝を述べた。
また、沿道やランナーからの励ましの声にも謝意を示し「何度も止まりそうになりました。やめてしまいたい気持ちも頭をよぎりました。それでも、たくさんの人の優しさに触れながら走ることができたからこそ、タイムは悔しい結果でも、最後まで走り切ることができました。今日という日のおかげで、陸上のことが、マラソンのことが、もっともっと好きになりました」と思いを明かした。最後に今後を見据え「この経験を糧
に、次こそは必ず勝ちます」と決意を新たにした。
昨年の箱根駅伝では、創価大のエースとして花の2区を任され、日本人最速記録をマークしたスピードランナー。プロランナー1年目の今季は、1月の全日本実業団対抗駅伝の2区で22人抜きを演じるなどしていた。
吉田響「無事に回復」報告 初マラソン後に車いす搬送、32キロ過ぎに「低血糖と脱水」「次こそ勝ちます」
引用元:スポニチアネックス


