3月1日に行われた東京マラソンで、大迫傑(34、LI-NING)が2時間05分59秒で日本人トップの12位、鈴木健吾(30、横浜市陸協)が2時間06分09秒で13位。プロ選手として活動している2人が日本人1、2位を占めた。
大迫は1シーズンを日清食品グループに所属したが、早大卒業後すぐに米国オレゴン州のチームを拠点に、実質的にプロ選手として活動をスタートさせた。16年リオ五輪にトラックで、21年東京五輪と24年パリ五輪にはマラソンで出場。東京五輪で6位入賞を果たしている。15年には5000mで13分08秒40と日本記録を樹立。マラソンでも18年に2時間05分50秒(日本人初の2時間5分台)、20年に2時間05分29秒、25年に2時間04分55秒と日本記録を3回更新した。鈴木は神奈川大から富士通に進み、21年にマラソン日本人初の2時間4分台となる2時間04分56秒をマーク。翌22年にはセカンド記録日本最高もマークした。本番は新型コロナに感染し出場できなかったが、同年のオレゴン世界陸上代表入りを決めた。新旧日本記録保持者が、2度のMGC(マラソン・グランドチャンピオンシップ。五輪最重要選考会)以外では初めて直接対決した。
■史上初の2時間4分台日本選手のデッドヒート
東京マラソンの第1集団は2時間2分台を目指すペース設定だったため、有力日本人選手は第2集団でレースを進めた。30kmでは大迫、鈴木、東京2025世界陸上11位の近藤亮太(26、三菱重工)、ニューイヤー駅伝5区区間賞の太田蒼生(23、GMOインターネットグループ)、そして“山の名探偵”工藤慎作(21、早大3年)と、大会前に注目を集めた選手たちが揃っていた。
最初に動いた日本人選手は鈴木だった。32km手前で前に出て、他の日本選手たちを引き離し始めた。だが鈴木のペースアップは長くもたず、34km付近では集団に吸収された。
「中国の選手が前に出たので、その流れに自分も乗って行きたいと思ったのですが、付ききれませんでした。あそこで行き切れたら、本来の自分の走りだと言えるのですが、まだまだですね」
プロランナーが日本人ワンツー 先駆者・大迫傑の“成熟”と、遅咲き・鈴木健吾の“開花”予兆【東京マラソン】


