大阪マラソン(22日、大府庁前-大阪城公園=42.195キロ)ホープが原点の地・大阪で再び覚醒した。平林清澄(ロジスティード)はアフリカ勢にこそ先着されたが、2時間6分14秒で日本勢最高位の5位でフィニッシュした。レース終盤には気温17度を超していた暑さの中で、国学院大3年生だった2年前に当時の初マラソン日本最高記録で優勝したタイムを4秒更新。MGCの出場権も獲得し、意地を示した。
「最後は足に(疲労が)きていたけど、MGCの権利を獲得できたので、ひと安心。かなり長い冬眠でしたけど、そろそろ目覚めようかな」
2月とは思えない気候の中、初マラソンの吉田響(サンベルクス)が7・9キロから独走する波乱の展開となったが、社会人1年目ながらマラソン4戦目の平林は冷静にペースメーカーにつく。30キロからペースを上げたハッサンにも対応したが「ハッサン選手に追いつくときに足を使いすぎたのが反省点」。37キロで吉田を抜いたもの、ハッサンの背中は遠ざかる。その後は5位まで落としたが、日本勢トップだけは譲らなかった。
氷雨の中で激走した2024年2月の大阪で初マラソン初優勝の快挙。一躍注目を集めたが、その1年後、大学4年時の25年2月の別府大分では2時間9分13秒で9位に敗れ、同年9月の世界選手権東京大会の代表を逃した。「別府で負けてから死んだ魚の目になって、何もかもうまくいかなかった。人生で初めてパーマをかけたりして、反抗していました」。4月に社会人になって独り暮らしを始めたが「マットレスと段ボールの机だけで2カ月生活していた」と、〝冬眠〟状態になってしまった。
転機は仲間に誘われて世界選手権の男子マラソンを国立競技場で観戦したこと。「マラソンやりてぇ、ほかの選手に勝ちてぇと思った」と気持ちを高め、駅伝シーズンの好走をへて、2度目の大阪につなげた。
MGC切符を手にし、ロサンゼルス五輪への第1段階はクリア。完全に目を覚ました23歳は「海外マラソンでタイムアタックにチャレンジしたい」と日本記録(2時間4分55秒)の更新にも意欲を示した。
日本勢最高位の平林清澄、転機は仲間に誘われ世界選手権男子マラソンを国立で観戦したことだった
引用元:サンケイスポーツ


