21日に京都市のたけびしスタジアム京都(西京極陸上競技場)を発着点に開かれる男子第76回、女子第37回全国高校駅伝競走大会(毎日新聞社など主催)。女子で2年ぶりの優勝を目指す神村学園(鹿児島)=10年連続32回目=の野口紗喜音(さきね)選手(3年)は昨年、憧れの1区を任されながら力を出し切れなかった悔しさを胸に雌伏の時を過ごしてきた。
◇1区でまさかの区間27位
昨年の都大路当日の朝。前の日まであった熱は引いていたものの体が重かった。「大丈夫かな」。スタート時間が迫り、緊張で震えが止まらなくなった。連覇を狙う神村学園の1区。「走りたい」と切望してきた大一番を前に、不安と重圧で押しつぶされそうだった。
いよいよ号砲。しかし脚は思うように動いてくれない。気持ちは焦るのに先頭集団との差は開くばかり。まさかの区間27位に終わり「みんなに合わせる顔がなかった」。走った後は医務室に運ばれ、その後のことはあまり覚えていない。チームは2区以降、追い上げたものの5位に甘んじ、野口選手は優勝を逃した責任を一身に背負い込んだ。
◇更なる試練、数カ月走れず
「絶対にこの悔しさをバネにする」。失意の中、悲痛な決意で練習に取り組んでいた野口選手を更なる試練が襲う。
今年2月、右脚のすねに痛みが走った。シンスプリントというランナーによくある脛骨(けいこつ)の疲労性骨膜炎の症状だった。走りながら治せないかと模索したが、ついにドクターストップがかかり、数カ月走れない時期が続いた。
なぜこんな大事な時に――。都大路と並ぶもう一つの目標、夏の全国高校総体が迫っていた。長く練習できなかった自分がどこまで走れるのか。いや、そもそも大会に間に合うのか。不安で心は千々に乱れた。
支えは両親の存在だった。高校は寮生活のため、会えるのは月に1、2度だが、LINE(ライン)で絶えず励ましてくれた。都大路の後は「来年、この悔しさを晴らそう。人一倍努力するんだよ」。練習できない期間中は「(5月の)県大会が万全でなくても(6月の)南九州大会で頑張れば全国に行ける。それがだめでも都大路がある」。
時には鼓舞するように、時には諭すように。野口選手は両親の言葉を胸に黙々と自転車型トレーニングマシンをこいだ。
◇監督も「よく頑張った」
夏を前に、けがが癒えていよいよ復調。不安はあったものの、走ってみたらトラック種目で自己ベストが出た。走れない間も積み重ねたトレーニングの成果だった。夏場はこれまでの分を取り戻そうと長い距離を走り込み、7月の全国高校総体は1500メートルで15位、10月の国民スポーツ大会は800メートルで5位。結果も上々だった。
「エリートランナーは負ける経験が少ないので、逆に一度の挫折で心が折れてしまうことがある。野口はよく頑張った」と有川哲蔵監督(59)。今年の都大路では野口選手を最終5区に据えるつもりだ。
5区は全国優勝した2年前の大会で神村学園が大逆転劇を演じた区間だけに、「1区の瀬戸口(凜主将、3年)から流れに乗って、苦しい時も一緒だった仲間と全員で優勝をつかみ取りたい」と野口選手。都大路での雄姿は両親への何よりの恩返しでもある。
あの涙から1年。捲土(けんど)重来の機は熟した。【取違剛】
連覇狙った1区でまさかの結果 神村学園・野口が都大路で期す雪辱
引用元:毎日新聞


