箱根路を沸かせた韋駄天たちの足跡連載05:竹澤健介(早稲田大/2006〜09年)
いまや正月の風物詩とも言える国民的行事となった東京箱根間往復大学駅伝競走(通称・箱根駅伝)。往路107.5km、復路109.6kmの総距離 217.1kmを各校10人のランナーがつなぐ襷リレーは、走者の数だけさまざまなドラマを生み出す。
すでに100回を超える歴史のなか、時代を超えて生き続けるランナーたちに焦点を当てる今連載。第5回は、竹澤健介(早稲田大)を紹介する。
【同級のライバル・佐藤悠基の背中を追いかけて】
箱根から世界へ。その言葉を現役学生で実現したランナーがいる。早大の絶対エース・竹澤健介だ。大学在学中には箱根駅伝で大活躍しただけではなく、2007年の大阪世界陸上と2008年の北京五輪にも出場。しかし、学生時代、竹澤は常に"厳しい表情"を浮かべていた印象が強い。
同学年には世代の記録を塗り替えてきた佐藤悠基(佐久長聖高・長野→東海大)がいた。竹澤は報徳学園高(兵庫)3年時のインターハイ5000mで8位入賞(14分25秒20)を果たすも、日本人高校記録(当時)をマークした佐藤に40秒差をつけられている。しかし、竹澤が名門・早大に進学すると、佐藤の背中に急接近していく。
1年時は日本インカレの5000mで4位、10000mで5位。箱根駅伝予選会では日本人トップの個人3位に食い込み、早大のスーパールーキーと騒がれた。ただ、箱根駅伝は花の2区に抜擢されたが、1時間09分55秒の区間11位と苦戦した。
「夏ぐらいから渡辺(康幸駅伝監督)さんに『2区でいくぞ』と言われていたので、イメージはできていたんです。それなりの練習もできていましたし、区間5位くらいでは走れるだろうと思っていたので結構ショックでしたね」
帰省の新幹線で涙が出るくらいの悔しさを味わったという竹澤だが、2年時はトラックで記録を伸ばしていく。
5月の関東インカレは10000mで4位(28分19秒22)、5000mで5位(13分45秒46)。6月の日本インカレ5000mで3位(13分30秒96)と好タイムを残すが、いずれも佐藤に惜敗した。しかし、8月30日のロベレート国際5000mで日本歴代3位(当時)の13分22秒36をマーク。初めて佐藤に先着すると、竹澤の快進撃が幕を開けた。
東海大の佐藤が1区で爆走した2007年の箱根駅伝。竹澤は花の2区で魅せた。3秒遅れでスタートした山梨学院大のメクボ・ジョブ・モグスを終盤に再逆転。6人抜きを演じると、1時間07分46秒で区間賞を獲得したのだ。それでも本人は納得していなかった。
「前半突っ込んだら、後半バッチリ止まりました。モグスに抜かれたあと、5kmを14分05秒くらいで通過して、権太坂まではよかったんです。でも下りでうまくリズムをつかめず、最後はクタクタな状態でタスキをつないだ印象ですね。終わったときに思ったのが、渡辺さんは1分も速い。どうやって走ったらいいのか、ということでした」
竹澤は早大の駅伝監督であり先輩の渡辺康幸がマークした1時間06分48秒、当時の区間記録である1時間06分46秒(順天堂大・三代直樹)を強く意識するようになった。しかし、その後、花の2区に挑むことはなかった。
【箱根駅伝 名ランナー列伝】竹澤健介(早稲田大学) 「日の丸ランナー」として箱根路を激走した早大の絶対エース
引用元:webスポルティーバ


