◆大阪国際女子マラソン(25日・大阪市・ヤンマースタジアム長居発着)
ニューヒロインが誕生した。熊本市出身の矢田みくに(26)=エディオン=。海外招待組のアフリカ勢にあと一歩及ばず表彰台は逃したものの、初マラソンの日本最高となる2時間19分57秒で日本人トップの4位に入った。2028年のロサンゼルス五輪につながる来年のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)出場権も得た。
数日前まで、矢田もエディオンの沢柳厚志監督(4)もレースプランを迷っていた。ハーフマラソンも走ったことのなかった矢田だけに、第1グループについていくのか、それとも第2グループか。未知の距離を走るうえで、同監督は指示は出さなかった。矢田自身が決断したのは積極果敢な第1グループだった。
「どうせなら第1グループでいけるところまでいこうっていう気持ちだった。沿道(の声援)がすごくうれしかったのでそこは素直に笑顔で返して、それで荒れ散らかしたら『すごいダサいヤツ』って笑ってくれと思いながら、それはそれで初マラソンだし良いかなと思いながら走りました」
沿道からは「みくにちゃん、いけ―!」と声援が送られ、所属するエディオンの応援団からは「いけ、いけ、みくに」のコールが耳に届いたという。
マラソンの〝壁〟を感じることはなかった。
「よく30キロの壁とか言われるんですけど、そういう固定概念なく走れる立場なので、あまり考えず、マラソン練習のなかでもあまり壁を感じずやってきたので、レース中に壁を感じたら、ここからが練習だと思って走りました」
ペースメーカーが離れた30キロ付近で、4人のトップ集団から抜け出して先頭に立った。抜きつ抜かれつの展開は、陸上トラックの1万メートルのレースや練習で培ってきた。それを頭にフラッシュバックさせて、アフリカ勢に勝負を挑んだ。食らいついて走った。
「最悪20キロもつかどうかも分からなかった。30キロ行った時点で自分の中では合格点をあげて、自分のリズムで走ったら前へ出たという感じでした。ここで後ろにつくような走りをしたらタイムは狙えないと思ったから、それだったらリズムを刻んでタイムも狙っていこうと」
35キロ過ぎで4番手に後退したが、それでもあきらめずに抜き返し、デッドヒートを展開した。最後はステラ・チェサン(ウガンダ)に26秒差をつけられた。大阪国際女子マラソン連覇中で、今回は3位に終わったウォルケネシュ・エデサ(エチオピア)にはトラック勝負でわずか1秒届かなかった。
熊本市出身でルーテル学院高(同市)からデンソーを経てエディオンへ進んだ。昨年9月に東京で開催された世界選手権(世界陸上)は1万メートルに出場し、20位だった。今でも当時を振り返ると涙が出る。それでも「ボロボロでした」というレースを機に、変化が訪れた。
「自分に足りないところは、もう少し自分の体に目を向けたりとか、自分の当たり前を取っ払うことが足りないなと感じたので。そこからは自分が当たり前だと思っていたことを撤回して、日々挑戦っていうのを頭の中に置きながら練習をしてきました」
マラソン挑戦で、腕の振りを肩甲骨の中心から動かし、脚は股関節から動かす意識を高め、練習に取り組んできた。苦しくなると「顔から脱力」と笑顔をつくる。「キツいのが楽しい―!」と考えながら、そして「今、走れてる―!」とワクワクしながら走った。
女子マラソンの新星誕生に、日本陸連強化委員会の高岡寿成シニアディレクター(SD)は「力のある外国勢に対して最後、勝負では負けましたけど、十分勝負したと言えるのではないかと感じている。終始冷静に集団の後ろにいて、ペースメーカーが離れたときにより積極的にチャレンジできたことは、初マラソンで20分を切れたこと以上に今後のマラソンに対して楽しみだと感じました」と評価した。(吉川 学)
【OTTO】
▼ロサンゼルス五輪への登竜門…MGCへの道のりと参加資格選手は?【一覧】▼
「荒れ散らかしたら『すごいダサいヤツ』って笑ってくれ」初マラソン女子日本最高の矢田みくに 数日前まで迷っていたレースプランの答え【大阪国際女子マラソン】
引用元:西スポWEB OTTO!


