けがに泣いたが「強くなれた」 西京・和久利千愛、最後の都大路

引用元:毎日新聞
けがに泣いたが「強くなれた」 西京・和久利千愛、最後の都大路

 女子第37回全国高校駅伝競走大会に9年連続34回目の出場を決めた西京(山口県)の和久利千愛(ちあ)選手(3年)が最初で最後の都大路に挑戦する。けがで何度も競技を諦めかけたがチームの仲間に支えられ乗り越えてきた。

 和久利選手は山口県長門市出身。小学生の頃から走ることが好きだった。中学で陸上部に入り、テレビで偶然見た実業団女子駅伝で、歯を食いしばってひたむきに走り、仲間と喜びをわかちあう姿に心を奪われた。自分も将来、実業団の選手になりたいと思い、2023年4月、長門市中心部から約35キロ離れた山口市の西京に進学。親元を離れ、寮生活を送ることにした。

 しかし、試練が待ち受けていた。23年8月、右足のくるぶし辺りを故障した。約2カ月で回復し、12月には都大路の2区を走ることが決まったが、本番直前に右太ももの骨を疲労骨折し、出場は断念せざるを得なかった。「中学時代はけがをすることはなかったのに」とやるせない気持ちだった。

 原因は、中学時代よりもハードな高校の練習に必死についてきた結果、許容範囲を超える負荷が足にかかっていたことだった。吉崎康志監督は「軽乗用車にスーパーカーのエンジンを積んで走らせていたようなもので責任を感じた」と語った。

 約2カ月後に骨折は治ったが今度は右すねに痛みが出た。かばいながら走ると左すねも痛んだ。その後は痛みの繰り返し。走れない間は、体作りのために水泳をし、筋トレをした。何度も「辞めたい」と思ったが、目標は高校卒業後、実業団で長距離を続けること。「諦めたら自分の負け。今までの努力が無駄になる」と思った。「一緒に強くなろう」「今を耐えれば大丈夫」と励ましてくれる仲間の存在も大きかった。

 24年の全国高校駅伝競走大会はチームに同行したが、レース当日は京都市内の待機所のテレビで仲間を見守った。インフルエンザの流行で3選手が感染するなどしてチームは38位に終わった。「悔しかったし、自分もけがを治して力になりたい」と改めて思った。

 けがをしてから続けてきた水泳や筋トレの結果、25年2月ごろから、調子良く走れるようになった。けがの予防として、柔軟性を高めるためのストレッチにも力を入れた。7月に広島県であった全国高校総体の陸上女子800メートルに出場し、11月の全国高校駅伝競走大会山口県予選会では2区を走り区間賞に輝いた。監督らの手厚いサポートもあり、卒業後は実業団の陸上競技部への入部が内定した。

 21日号砲の都大路でも2区を走る予定で、母親から「高校最後の駅伝だから思う存分走ってきなさい」と励まされた。度重なるけがで苦しい高校生活だったが「けがのおかげで選手として、人として強くなれたと今なら思える。本番は区間上位でたすきを渡してチームに貢献したい」と、笑顔で語った。【脇山隆俊】