トライアスロン女子・パリ五輪代表高橋侑子が涙の引退会見 まさかの他競技挑戦も明かす

引用元:日刊スポーツ
トライアスロン女子・パリ五輪代表高橋侑子が涙の引退会見 まさかの他競技挑戦も明かす

 トライアスロン女子の高橋侑子(34=相互物産)が11日、都内で引退会見に臨んだ。東京、パリ五輪出場、アジア大会連続2冠、日本選手権優勝4回など輝かしい競技人生を「幸せでした」と振り返り「今は、やりきったという気持ちです」と笑顔で続けた。

 07年に15歳でジュニア日本代表に入って以来、丸18年間ナショナルチームの一員として戦ってきた。陸上や水泳からの転向組が多い中、キッズ出身としてトップで活躍。17年には海外に拠点を移し、日本人で初めて世界レベルのクラブでトレーニングを積んできた。

 目標としてきた五輪や世界選手権での表彰台こそなかったが、抜群の安定感で世界のトップと競い合った。ラストレースで7位入賞した9日のW杯宮崎大会まで、国際統括団体ワールドトライアスロン公認の215レースに出場。そのほとんどに完走した。「大きなケガをしなかったこともよかった」と振り返った。

 最も印象に残るレースとして、19年世界シリーズ横浜大会をあげた。シーズン序盤は不調に苦しんだが、直前に米国で調整。「海外に拠点を置くと決めて初めて行った場所で、いろいろな思いがよみがえってきた」。レースでは一緒に練習する海外選手たちと争い、メダルこそ逃したが4位入賞。「自分の中で殻を破れたレースだった」と話すと、感極まって声を詰まらせた。

 当初はパリ五輪で区切りをつけるつもりだったが40位に終わり「出し切れていない」と「延長戦」を決めた。5月の世界シリーズ横浜大会は日本人トップの19位でゴールしながら、積極的に若手に声をかけ、サポートする姿もあった。「この素晴らしい大会と大会を支える方たちに感謝したい」と14回走ったコースに深々と頭を下げた。

 多くのトップ選手は五輪を争う一線からは退いても「引退はしない」という。より距離の長いアイアンマンや自転車とランだけのデュアスロンなどへの転身も多い。それが、生涯スポーツとしての魅力でもある。それでも高橋は「トライアスロンのレースには出ません」と「引退」をはっきり口にした。

 今後は「何ができるか分かりませんが、トライアスロンに恩返しがしたい」と強化や普及に携わりたい気持ちを明かした。海外で得た経験は日本選手として唯一無二。「言葉や文化が違う海外でトレーニングをしてタフになった」と話し「自分の経験を、若い選手にも伝えていきたい」と後進の指導にも意欲をみせた。

 もっとも、高橋自身のアスリートとしての挑戦は終わらない。今後についての話の最後に「来年(3月)の名古屋ウィメンズマラソンに出ます」とサプライズ発言。本格的にマラソンに取り組むわけではないが「ハーフは何度か走っているけれど、フルも走ってみたい」。すでにエントリーも済ませているという。

 父に誘われるまま遊びの一環としてはじめてから30年近く、ジュニア時代から所属したナショナルチームで18年、米国とポルトガルのチームでのトレーニングが9年、長いトライアスロンのレースを見事に完走した高橋。「今は、すっきりとした気持ちです」と笑顔をみせ、また新たなレースのスタート台に向かう。