1日に開催された「東京マラソン2026」(産経新聞社など共催)では、過去最多の約3万9000人が東京の街を駆け抜けた。記者もその中の1人だ。参加したくて何年も応募し続け、ようやく抽せんに当たって晴れ舞台に臨むことができた。「ぎっくり腰」を乗り越えて完走した42・195キロをレポートする。
■東京のど真ん中を思う存分走る
号砲は午前9時10分。後方エリアからのスタートだったのでなかなか列が動かなかったが、20分が過ぎスタートラインを超えると、否が応でも気持ちが高揚した。まもなくJR新宿駅近くのガードをくぐり抜けると、歌舞伎町の繁華街が視界に飛び込んできた。東京のど真ん中を思う存分走ることができるのは、東京マラソンに参加するランナーの特権だ。
高倍率の抽選に当たりようやく手にした出走権。沿道には「19回連続で落選しました」のプラカードを掲げて応援する人も。「走れない人の分まで楽しまないと…」と自分に言い聞かせる。
スタート直後は緩やかな下り坂のため、スピードが出過ぎてしまわないよう、高ぶった気持ちを落ち着かせる。フルマラソンは約8年半ぶり。まずはゆっくりとピッチを刻んだ。
■1月に痛恨の「ぎっくり腰」
秋葉原の電気街、浅草寺の雷門、東京スカイツリー…など、東京のランドマークを眺めながら進んでいく。
20キロ手前でトイレ休憩の列に並び、10分以上も止まってしまったせいか、体調に異変が現れ始めた。膝周りが痛み、だんだん足が前に出なくなってきたのだ。
実は、今年1月に極寒の北海道で、超望遠レンズを担いで野生生物を撮影していたところ「ぎっくり腰」になってしまった。痛恨のトラブルで思うように練習を積めなかったつけが、本番で足に出てきたのかもしれない。
■90歳のおばあちゃんの応援
それでも何とか歩を進める。コース中盤、24キロ付近の富岡八幡宮前では近くに住む親戚のおばあちゃん(90)が応援に来てくれるはずだった。がんを患っている高齢のおばあちゃんは、年末に会った際、「3月の東京マラソンまで生きているかな」と冗談交じりに話していたので、「絶対に応援にきて」と頼んでいた。
大会当日のこの日は、あいにく体調が優れず、人出も多いため、テレビ中継を見て応援してくれていたと聞いた。力走している姿を見せることがかなわず、心残りだ。ただ、ヘロヘロになっている姿を見られなくてよかったかもしれない。
産経新聞記者も「東京マラソン2026」完走 声援に背中を押され続けた42・195キロ
引用元:産経新聞


