大阪マラソン2026が22日に開催されました。2028年のロサンゼルス五輪の日本代表選考がかかったMGCシリーズ2025-26の一戦で、大阪府庁前をスタートし、大阪城公園内をフィニッシュとする42.195kmに多くのトップランナーが挑みました。
レースは、初マラソンの吉田響選手(サンベルクス/創価大学OB)が8kmを前に飛び出し、終盤まで独走する展開になりました。その後方で冷静にレースを進めていたのが平林清澄選手(ロジスティード/國學院大學OB)でした。「結構後ろのほうにいたので最初は気づかなくて、(國學院大學の後輩の)高山豪起に『吉田さん、行きましたよ』って言われて、ぱっと遠くを見たら、そのまま行っちゃったので驚きました。でも、人の予想の斜め上のことをするのが吉田君だと思うので、そういう走りをしてきたなと思いながら走っていました」と、吉田選手の飛び出しに驚きつつも、自分のペースを見失うことなくレースを進めました。
平林選手が動いたのは、30.5km付近にある3回目の折り返しを越えてからでした。「折り返しのところで吉田響君とのタイム差を測った時に1分ぐらいあったので、これはもう今のうちに行かないと追いつかないぞと思いました。自分の“脚”を計算して、これだったら(最後まで)持つかもしれないと思ったので、いろいろ判断して行くことにしました」
それまで第2グループは18人程度で推移していましたが、まずはイブラヒム・ハッサン選手(ジブチ)が飛び出します。平林選手もハッサン選手に追いつき、2位集団を形成し、吉田選手を追いかけました。
そして、37km過ぎ。低血糖と脱水状態に陥りペースダウンした吉田選手をついにとらえて、平林選手は日本選手トップに浮上しました。最後はハッサン選手に突き放され、前回王者のイフリニグ・アダン選手(エチオピア)らにも逆転を許し、平林選手は5位でフィニッシュしました。それでも、それまでの記録を4秒更新する2時間6分14秒の自己ベストをマークし、日本選手トップの座を守り、2027年10月に開催されるロサンゼルス五輪代表選考会MGCの出場権を獲得しました。
「前々日会見で言った通り、2時間6分半切りをして MGC の出場権をしっかりと取れたので、まずはひと安心です」と、平林選手は胸をなでおろしていました。
なお、優勝したのはハッサン選手で、2時間5分20秒の大会新記録を打ち立てました。一方、吉田選手は、終盤に失速しながらも、2時間9分35秒で最後まで走り切りました(34位)。
平林選手にとっては今回が3回目のマラソンでした。初マラソンとなった2024年の大阪マラソンでは、当時の日本学生記録、初マラソン日本最高記録となる2時間6分18秒の好記録をマークして優勝を果たしました。しかし、2回目のマラソンの25年の別府大分毎日マラソンでは9位に終わり、失意を味わいました。その後は大学を卒業し新しい生活が始まったものの、目標を見失った時期もあったといい、「かなり長い、半年ぐらいの冬眠を人生で初めて体験しました」と、なかなか復調を果たせずにいました。
それでも、11月の八王子ロングディスタンスで10000mで27分37秒13の自己ベストをマークすると、元日の全日本実業団対抗駅伝競走では吉田選手と先頭争いを繰り広げ、区間3位と好走しました。そして、今回のレースでも活躍。社会人になった平林選手が、本領を発揮し続けています。
「日本選手トップといえど、(外国選手には)負けているわけですから、そこは新しい反省点というか、課題を見つけられました」と今回のレースの反省をしつつ、次なるチャレンジへも目を向けています。「勝負レースが続いたので、今度は海外マラソンでタイムアタックできる環境をしっかりと整えて、そこにチャレンジしたいと思っています。上を目指している時に、自分の成長を感じられるのは、自分の強みでもある。新しいチャレンジは今後の自分にもプラスになるかなと思っているので、やってみたいなと思います」
ロサンゼルス五輪を目指す上で、さらなるレベルアップを誓っていました。
【大阪マラソン】“冬眠”から目覚めた平林清澄が日本選手トップの5位 さらなるレベルアップを誓う
引用元:日テレNEWS NNN

