昨年9月の東京世界陸上、男子走高跳で8位入賞を果たした赤松諒一(30、SEIBU PRINCE)。その前年のパリ五輪では左足の小指にボルトが入った状態で臨み5位入賞と、怪我と戦いながらも大舞台で結果を残してきた。走高跳界をけん引しながら医学部研究生としての肩書きも持つ赤松に、度重なる怪我との向き合い方や競技への思いを聞いた。(取材は12月)
■「地鳴りのような反響は今も耳に残っている」
助走から踏み切り、そして空中での美しいクリアランス。一瞬の跳躍で身体には体重の数倍もの負荷がかかる。わずか1センチの高さを更新するため、人生を捧げる走高跳はまさに「人間の限界」への挑戦そのものだ。34年ぶりに日本で開催された大舞台。バーを越えた瞬間の大歓声を赤松はこう振り返る。
「めちゃくちゃ楽しい試合でした。日本であれだけの歓声の中で跳べる幸せ、跳んだ後の地鳴りのような反響は、今も耳に残っています。あの経験以来、声をかけられることが増えましたね。応援していただけるのは僕が競技をしていく上で嬉しいですし、期待にもっとすごい記録で応えたいと思います」
■足のケガと戦いながらも世界大会3年連続の入賞 失敗から学ぶ走高跳の流儀
23年の世界陸上で8位入賞、パリ五輪では自己ベストとなる2m31を跳んで88年ぶりの5位入賞を果たし、昨年9月の東京世界陸上でも8位と、3大会連続で好成績を残した赤松だが、いずれも万全な状態で臨めていたわけではない。23年の世界陸上前に左足小指を痛め、24年3月には左足小指にボルトを入れる手術、そして世界陸上を終えた11月にもう1度左足の手術を行った。選手生命を左右するかもしれない過酷な手術の話も、赤松は驚くほど爽やかな笑顔で語る。
赤松:今回は骨移植で、腰から成長しやすい骨を削ってきて(左足の小指に)移植しました。成長しやすいので、骨の治りが良くなるというか。上からステープラー(医療用ホチキス)のようなものでパチっと止めて、そういう手術をしていただきました。
満身創痍で掴んだ3大会連続入賞 ジャンパーで医学部研究生の赤松諒一、度重なる手術と失敗からの「限界への挑戦」


