瀬古利彦さんとタスキリレーの早大OB作家・黒木亮さん、79年箱根3区で死守した先頭の景色「こういうことか!」

引用元:スポーツ報知
瀬古利彦さんとタスキリレーの早大OB作家・黒木亮さん、79年箱根3区で死守した先頭の景色「こういうことか!」

 早大で箱根駅伝に2度出場した作家の黒木亮さん(68)=本名・金山雅之さん=が、来年1月の第102回大会で、2011年以来15年ぶりの優勝を狙う母校に「チャンスはあるでしょう」と静かなるエールを送った。黒木さんは駅伝シーズン到来に合わせ、駒大時代に5区で活躍して現在はOB会長を務める大越正禅(しょうぜん)さん(68)の半生を描いたノンフィクション「袈裟(けさ)と駅伝」(ベースボール・マガジン社)を刊行。箱根路の華やかさと、その裏にある厳しさを語った。

 1979年1月2日、第55回箱根駅伝3区。早大の黒木さん(当時3年)は、2区の瀬古利彦さん(同3年)からトップで臙脂(えんじ)のタスキを受けた。瀬古さんはわずか1か月前の福岡国際マラソンで優勝したばかりのスーパースター。「緊張を通り越して、白装束で切腹に行くような気持で戸塚の中継地点に行きました」と黒木さんは懐かしそうに話す。

 平塚までの約21キロ。首位を死守した。

 同じ学年だが、瀬古さんは一浪で入学したため、ひとつ年上。また、黒木さんは2年になる直前に競走部に入部したこともあり、昔も今も「瀬古さん」と呼ぶ。

 「瀬古さんから大差の首位でタスキをもらい、すぐ目の前に報道車のカメラの列がずらりとこちらを向いて並んでいたので『全国的な大会で先頭を走るというのは、こういうことか!』と驚き『瀬古さんはいつもこういう光景を見ながら走っているんだなあ』と思いました。あの光景は今もまぶたに焼き付いています。12月に太ももを故障し、だましだまし走るような状態でしたが、追って来た日体大の(主力の)伊藤哲二君(3年)の不調に助けられました。残り5キロくらいのところで首位を守れそうだという感じがしたので、気持ちは高揚しましたが、うれしさのあまり1秒でも速く走らなくてはならないということを忘れ、後で『駅伝は怖いな』と反省しました。ちなみに父の田中久夫も明大3年のとき3区を首位で走り切ったので、ちょうど30年後に同じ経験をさせてもらい、運命の不思議さを感じます」。黒木さんの回想は鮮明だ。その年、早大は4位だった。

 最終学年となった翌年、黒木さんは8区を区間6位と力走。早大の25年ぶりの3位に貢献した。

 3、4年時には箱根路で活躍したが、新春の晴れ舞台に立つまで壮絶な辛苦があった。北海道・深川西高1年時に全国高校総体5000メートルに出場したが、その後は故障に苦しみ、高校時代は走れないままに終わった。76年、早大法学部に一般受験で合格して入学。執念で故障を治し、練習を再開。徐々に力を取り戻すと、熟慮の末、2年に進級する直前に競走部に入部した。本格的に競技へ復帰するまで3年も要した。

 カリスマとして知られた故・中村清監督の熱狂的な指導に耐え、少しずつ力を蓄え、ついに箱根駅伝ランナーとなった。

 練習の苦しみ、それ以上に故障で走れないことが苦しい。レース前の緊張、レース中のアクシデント…。多くの苦悩がある中で、まれに訪れる歓喜。黒木さんが2008年に発表した自伝的小説の「冬の喝采」には、長距離走と駅伝という競技の本質がリアルに描かれている。「父」の田中さんとの不思議な物語も感動を呼ぶ。

 母校の早大は、今季、学生3大駅伝開幕戦の出雲駅伝(10月13日、島根・出雲市=6区間45・1キロ)で2位、同2戦の全日本大学駅伝(11月2日、名古屋市~三重・伊勢市=8区間106・8キロ)で5位と存在感を示した。

 今季最終戦の箱根駅伝はどうなるか。駅伝の華やかさ、厳しさを身を持って知る黒木さんは冷静な視点で展望した。「箱根駅伝では、駒大と青学大の対決になるのではないでしょうか。とても、興味深いし、楽しみです」と語る。

 もちろん、母校にも注目している。「早稲田にもチャンスはあるでしょう。駅伝は流れが大事。序盤が大事になりますね」とエールを送る。「ただ、早稲田は昔も今も選手層が薄い」と的確に指摘する。

 自身が一般受験を経て入学したこともあり、現チームでもスポーツ推薦入学以外の選手が気になるという。「全日本大学駅伝ではスポーツ科学部以外の学生が(8人中)3人も走っていました。頑張っていますね」と話し、4区6位・吉倉ナヤブ直希(社会科学部2年)、5区7位・小平敦之(政治経済学部3年)、6区6位・宮岡凜太(商学部4年)の健闘をたたえた。

 早大はスポーツ推薦で入学したエリートが期待通りに快走し、一般入学の“たたぎ上げ”が渋い活躍をした時に強さを発揮する。最後に箱根駅伝を制した11年大会では福島・会津高から一般入学した猪俣英希さん(当時4年)が5区で力走し、東洋大の「2代目・山の神」柏原竜二さん(当時3年)との差を最小限に食い止めたことで、早大に3冠をもたらした。今季も吉倉、小平、宮岡らの踏ん張りが早大の鍵を握る。

 ロンドンを拠点にして、金融、経済を描いた小説を多く執筆している黒木さんは「冬の喝采」以来、約17年ぶりに駅伝をテーマにした作品「袈裟と駅伝」を刊行した。

 駒大で、1976年から4年連続で箱根駅伝を走り、2、3年時には5区で区間2位、3位と活躍した大越さんを主人公としたノンフィクションだ。北海道・浦幌町の実家の寺を継ぐために10歳で僧侶となり、仏道と競技のはざまで生きた大越さんの半生を描いた。

 共に北海道出身で大越さんが黒木さんの1学年上。高校時代から何度も同じレースを走った仲だ。

 大越さんは北海道・浦幌高3年時に全国高校総体5000メートル9位。「北海道の公立高校の選手が全国で9位になるなんて、ものすごい快挙でした」と黒木さんは強調する。全国トップレベルの大越さんを順大の沢木啓祐コーチ(後に監督、現顧問)が高く評価し、浦幌町まで勧誘に訪れた。大越さんも順大に気持ちが傾いたが、結局は駒大の仏教学部に入学した。駒大卒業後、競技続行の希望もあったが、修行の道に入り、23歳で父の後を継いで住職になった。

 「大越さんは北海道のスター選手でした。お寺の跡継ぎということもあり、文学の香りがする選手でもありました。大越さんの静と動を描いてみたかった」。黒木さんは「袈裟と駅伝」というタイトルに込められた思いを語った。

 作品には、順大の名将として知られる沢木さんや、大越さんの高校の先輩で順大時代には箱根駅伝9区区間賞に輝き、優勝も経験した竹島克己さんらも実名で描かれている。同じ時代に北海道の大地と箱根路を駆けた黒木さん自身も「金山雅之」として、ちらりと登場する。「私自身を書くか、迷いましたが、味わいが出るかな、と思い、書いてみました」と柔らかな表情で話した。

 精力的な取材によって、大越さんの実家の寺や修行した神奈川県の総持寺の様子も細かく表現されている。「お寺に関係する方々にも読んでいただければうれしいですね」と笑みを見せた。

 「冬の喝采」と「袈裟と駅伝」は、箱根駅伝を題材にした他の作品とは根本的に異なる。読んでいると苦しくなる時がある。まるで、長距離を走っているように。「競技経験者ならではのリアリティーにはこだわりました」と黒木さんは語る。

 華やかな新春の箱根路を目指す学生ランナーは、きょうも地道に走っている。黒木さんは作品を通じて、彼らにエールを送っている。(竹内 達朗)

 ◆今季の早大 出雲駅伝は2区でエース山口智規(4年)が9人ごぼう抜きで首位に浮上。3区のスーパールーキー鈴木琉胤(るい)、最終6区の工藤慎作(3年)も好走して2位。3冠を達成した10年度以来の15季ぶりの好成績だった。全日本大学駅伝は5位。最終8区の工藤は早大のレジェンド渡辺康幸さんが1995年にマークした日本人最高記録を30年ぶりに更新して話題になった。箱根駅伝では前回5区2位で「山の名探偵」の異名を持つ工藤を軸に往路優勝、さらには総合優勝を目指す。

 ◆黒木 亮(くろき・りょう)本名・金山雅之(かなやま・まさゆき)。1957年、北海道秩父別(ちっぷべつ)町生まれ。68歳。76年、深川西高から一般入試で早大法学部に合格し、入学。2年に進級する直前に競走部入部。箱根駅伝では3年3区13位、4年8区6位。卒業後、都市銀行に。その後、証券会社、商社などに勤務しながら2000年に作家デビュー。03年から作家専業として活躍している。現在、ロンドン在住。