「これがマラソンだと思った」西村美月はほろ苦い結果 恩師は「はい上がると信じる」

引用元:産経新聞
「これがマラソンだと思った」西村美月はほろ苦い結果 恩師は「はい上がると信じる」

着実に、一歩ずつ。自らの現在地を確かめるような42・195キロだった。25日の第45回大阪国際女子マラソン(産経新聞社など主催、奥村組協賛)で、招待選手最年少の西村美月(21)=天満屋=は9位に終わった。すでにロサンゼルス五輪の代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」の出場権を得た中でのレースとなり、掲げた目標は「挑戦」。将来を見据えながら、浪速路での悔しい経験を生かすと誓った。

この日、序盤は第2集団で食らいついていたが、「30キロくらいから足、体が動かなくなってしまった」(西村)。ゴール後、厳しい表情を浮かべながら、2度目のフルマラソンを冷静に振り返った。

熊本市立千原台高校では女子陸上部に所属。監督として指導した塚本大介さん(41)は「陰の努力を重ねる子だった」と記憶をたどる。

上級生と変わらない練習メニューに食らいつき、フリー練習では遠方まで足を運んでひたすら走り込みを続けた。離れた地域にあるライバル校の指導者から「(西村が)走っているのを見かけたよ」と告げられ、秘めた向上心に驚かされることもあった。

ただ、結果は思うようについてこなかった。トラック種目で後輩に勝てなかったり、地元の大会で他校に敗退したり。悔しい経験を数多く味わった。「競技人生でなかなかトップを経験できず、他の選手から刺激を受け続ける状況だった」(塚本さん)。

卒業後、縁あって名門・天満屋に進んだ。前田穂南(ほなみ)ら先輩の背中をがむしゃらに追う練習環境は高校時代と変わらない。謙虚に、ひたむきに。地道に距離を伸ばしていく中で少しずつ才能が開花していった。初マラソンとなった昨年12月の防府読売マラソンでいきなり優勝し、MGC出場権を獲得していた。

この日のレース後、西村は「一度は悔しいレースを経験しないといけないと思っていた。これが本当のマラソンだと感じた」。そしてこの結果を糧に「次に生かしていく」と切り替えた。

挑戦は緒に就いたばかり。自宅のテレビでレースを見守った塚本さんは「高校時代も初めから順風満帆ではなかった。ここからはい上がってくると思うので見守りたい」と21歳のホープにエールを送った。(堀口明里)