有森裕子の名言「自分で自分をほめたい」はなぜ非難もされたのか? 本人が明かしていた“複雑な思い”とは「私にとっては、あの一言だけ…」《アトランタから30年》

有森裕子の名言「自分で自分をほめたい」はなぜ非難もされたのか? 本人が明かしていた“複雑な思い”とは「私にとっては、あの一言だけ…」《アトランタから30年》

 1996年7月28日、アトランタ・オリンピックの女子マラソンが現地時間の午前7時5分(日本時間では同日の午後8時5分)、スタートを切った。

 19キロ地点でエチオピアのほぼ無名の選手だったファツマ・ロバが先頭集団を抜け出すと、その4年前のバルセロナ・オリンピックで2位の有森裕子(当時25歳、リクルート・ランニングクラブ所属)、同じく1位のロシアのワレンティナ・エゴロワらは追いかける格好となる。

 有森は、得意の下り坂が始まる30キロ地点から飛ばせという小出義雄監督からの事前の指示どおり、そこから一気にスパートをかけた。しかし、後続集団を引き離したあとで、今度はエゴロワがスパートしてきて、34キロ過ぎで追いつかれる。