【ベテラン記者コラム】陸上競技担当だったとき、花形種目の男子短距離と男女マラソン、室伏広治の男子ハンマー投げに加え、男子400メートル障害の取材がマストだった。為末大が活躍していたからだ。
2001年世界選手権(カナダ・エドモントン)は準決勝で48秒10の日本新記録をマーク。決勝ではさらにタイムを縮め、47秒89で3位に入り、五輪、世界選手権を通じて日本勢初の短距離種目の銅メダルを獲得した。
2003年世界選手権(フランス・パリ)と2004年アテネ五輪は準決勝で敗退するが、2005年世界選手権(フィンランド・ヘルシンキ)では雨の中48秒10で走り、再び銅メダルを獲得した。
身長170センチと小柄な為末が高さ91.4センチのハードルを攻略し、高身長ぞろいの強豪に立ち向かう姿は痛快だった。2度のメダル獲得を現地で見られたのは光栄だ。400メートルでは世界の壁が厚いが、400メートル障害は10台のハードルをクリアするテクニックで差を縮めることができると力説し、実践。為末が走るときはハードル間の歩数を13歩、14歩…と数えたものだ。
為末の47秒89は25年たった今も日本記録のまま。世界記録(45秒94)との差は2秒近くに広がっている。〝ヨンパー〟で世界と戦える日本選手はもう出てこないのかと悲観していたところ、6月の日本選手権で待望のスター候補が誕生した。
京都・洛南高2年の後藤大樹が予選で48秒11をマークし、為末が保持していた高校記録(49秒09)を30年ぶりに塗り替えると、決勝ではさらに更新して日本歴代4位の48秒09。日本歴代3位の豊田兼(トヨタ自動車)ら並み居る実業団選手を抑えて初優勝した。日本選手権前の自己ベストは49秒25だったというから、大舞台で1秒以上も更新。為末の日本記録に0秒20と迫り、今秋のアジア大会代表にも選ばれた。
レース内容も堂々たるもので、後半に追い上げ、9台目を越えてトップに立ち、後続を突き放した。0秒75差をつけられて2位に敗れた黒川和樹(住友電工)は「力を使わずにホームストレートまで来て、一気にギアチェンジする。あれは海外選手の走り」と評したという。
48秒09は現状、今季世界ランキング10位。世界陸連の「スコアリングテーブル」で比較すると、男子100メートルなら9秒94に相当する。同種目の日本記録が9秒95(山縣亮太)だということを考えると、後藤の新星ぶりがわかる。「アジア大会ではいちばん上を目指して、みなさんをびっくりさせたい」と意気込む17歳の将来が楽しみだ。(牧慈)
100メートルなら9秒94に相当! ヨンパーに現れた17歳の新星・後藤大樹の衝撃
引用元:サンケイスポーツ

