陸上女子中長距離・田中希実(26=豊田自動織機)の言葉には、いつも強いエネルギーが満ちている。まさに「走る哲学者」。自問自答を突き詰め、たどり着いた思考を言語化していく。14日、今秋の名古屋アジア大会の代表選考会を兼ねた日本選手権の女子1500メートルで、史上初の7連覇を達成。4分11秒80で完勝だった。レース後に語った競技観、勝負論は示唆に富んでいた。
まず田中は「純粋にかけっこを楽しもうと思いました」と言った。また「純粋に勝ちたいと思いました」とも。レース前の胸中をシンプルに述べた後、「でも…」と続けた。
「『勝ちたい』に縛られて、『負けたくない恐怖』に縛られるのは、もう嫌だった。勝ちたい気持ちを楽しめるように臨んだ。身体的、精神的なきつさ、相手選手、会場の雰囲気も含め、プレッシャーや敵という風に捉えるのではなく、全部を自分自身に統合していくような。全部を自分の一部として、陸上(そのもの)になるような気持ちで走れたかなと思います」
「陸上になる」など独特な表現で、勝負への向き合い方を言語化した。内なる葛藤も、ライバルの存在も、会場の空気も、すべてを受け入れ、自らの力へと変えていく。そこには田中らしい競技観が凝縮されていた。
楽しむ―。その言葉は難しく、奥深い。特に勝負事の世界では…。
もちろん勝負に勝つ、結果が出れば、言うまでもなく「楽しい」。ただ、逆に「楽しむ」だけでは勝負には勝てないし、結果も出ない。前提としてスポーツは、楽して勝てる世界ではない。その裏には莫大な努力、練習がある。一方で、結果、勝利だけの過度な追求は、閉塞感に包まれる。己との闘いだ。
「楽しむ」と「勝負への執着心」。その2つの最適解は難しい。その両立に明確な答えはないのかもしれない。だからこそ田中は問い続ける。
「二面性がある分『バランス』って考えがちですけど、スタートするまでも、スタートしてからも、常に体だったり、心だったりは変化し続けるものだと思う。だからこそ、バランスを取るというよりは、その揺らいでいる部分を感じながら走りきる。そういった自分を感じながら走るということができたのかなと思います」
正解を固定しようとはしない。その時々、柔軟に探る。
「やっぱり感覚とか考え方は実体がないもの。『これが正解だ』と思っても、変化するもの。それを捕まえておこうとすることも大事ですけど、捕まえておくことが全てだとも思わない。そういうことなのかなと」
1500メートル(3分59秒19)、3000メートル(8分33秒52)、5000メートル(14分29秒18)と日本記録を持つ。五輪は2大会、世界選手権は4大会の連続出場。結果を出し続けながら、その先にある「走る意味」を考える。
「いろいろ考え出した時に、一周、回って『全部一緒だな』と感じてしまうこともある。虚しさだったり、『何のためにそれをやっているのか』という部分まで出てきてしまう。でも問い続けることこそが表現につながるのかな。表現するために生まれてきたし、やっているということだと思う」
「走る哲学者」田中希実の競技観、勝負論 揺らぎの中で問い続ける「楽しむ」と「勝負の執着心」
引用元:THE ANSWER

