【ベテラン記者コラム】偉大な魂が旅立った。アレッサンドロ・ザナルディ。愛称の「アレックス」で呼ばれることが多かったイタリア人の元F1ドライバーは5月1日夕、家族や友人に見守られながら安らかに召されたという。59歳。同時代にF1を戦ったアイルトン・セナの死から、ちょうど32年目の日だった。
F1で4シーズンを戦った後、米・チャンプカー(現インディカー)に転向し、2度の王者に。レース中の事故で両下肢を失いながら、ハンドサイクルで2012年ロンドン、16年リオデジャネイロの両パラリンピックで金メダル4つ、銀メダル2つを獲得した。
2つの競技で残した結果だけでなく、前向きな姿勢や考え方は多くの人々の手本だった。私も記者として偉大な人や尊敬すべき人物と出会ってきたが、彼はその中でも特筆すべき存在だった。偉人といっていい。
米国レース界で成功した彼が両下肢を失ったのは2001年9月15日、ドイツでのレース中だった。スピンした際に横から他車が時速320キロで激突。車が真っ二つに裂かれ、両下肢と血液の4分の3を失って生命の危機にさらされた。一命をとりとめ意識を取り戻したのは8日後だった。
彼の考えを、来日した19年に行ったインタビューからご紹介しよう。事故後に意識を取り戻し、最初に何を感じたか。
「喜びでいっぱいだった。人生であれほどの幸せはなかった。命を落としてもおかしくない状況で生きていたんだ。鎮痛剤を打たれていても耐えきれないほどの痛みが、生きているという明確な感覚を与えてくれた」
その後、手で操作する特別仕様の車両でモータースポーツに復帰しただけでなく、ハンドサイクルに挑戦。07年、ニューヨークマラソンのハンドサイクル部門に、わずか4週間のトレーニングで出場し4位に入賞した。11年には4度目の挑戦でニューヨークマラソンを制し、翌年のロンドン・パラリンピックではロードレースとタイムトライアルで2冠に。16年リオではタイムトライアルとリレーで金メダルを獲得した。世界選手権の優勝は計12度を数える。
どちらかといえば瘦せ型だったF1時代とは打って変わり、太く鍛えられた上腕の筋肉が努力を物語っていた。「人生はいいことも悪いことも与えてくれる。どんなことも機会にできる。そのためにはハードに働かなければならないが、あの事故に遭っても私にはそれができた。あの出来事ですら、私の人生において大きな機会だった」。
自動車レースとパラリンピックで頂点を極めたアレックス・ザナルディ あくまで前向きだった偉大な魂を悼む
引用元:サンケイスポーツ


