【GO TO TOKYOパラリンピック】兎沢朋美、金メダルへ跳ねる!レジェンド・ポポフ氏に師事、熱い進化続けるパラ陸上界のホープ

【GO TO TOKYOパラリンピック】兎沢朋美、金メダルへ跳ねる!レジェンド・ポポフ氏に師事、熱い進化続けるパラ陸上界のホープ

 新型コロナウイルス感染拡大で1年延期となった東京パラリンピック開幕まで、29日で329日。競技の魅力などを紹介する月イチ特集の第30回は、陸上女子走り幅跳び(大腿義足T63)東京パラリンピック代表の兎沢(とざわ)朋美(21)=日体大=に迫る。昨年の世界選手権銅メダリストは、2016年リオデジャネイロ・パラリンピック金メダルのハインリッヒ・ポポフ氏(37)=ドイツ=に師事。レジェンドのノウハウを吸収し、進化する。(取材構成・武田千怜)

 日本のパラ陸上界でいま、最も勢いのあるホープだ。9月5、6日に行われた日本選手権。最高気温が34・7度に達した夏の終わりの埼玉・熊谷で、2019年世界選手権(ドバイ)銅メダリスト、兎沢が変わらぬ強さを見せた。約半年ぶりに動き出したパラスポーツの公式戦。大腿義足(T63)クラスで走り幅跳びと100メートルの2冠を達成した。

 「こんなつもりじゃなかった。絶対ベストが出ると思っていたので悔しい」

 東京パラリンピックでのメダル獲得を狙う21歳は、結果よりも記録を意識した。自己ベストに15センチも届かない走り幅跳びの記録(4メートル29)に満足しなかった。

 茨城・つくば市出身の兎沢は骨肉腫により10歳で左脚を切断。「東京パラリンピックで活躍したい」と、リオデジャネイロ大会女子400メートル(T47)の銅メダリスト、重本沙絵らが活動する日体大に入学し、本格的に競技を始めた。最初は400メートルのトラック1周を走り切ることすらできなかった。

 「義足に対して手探りの状態だった」という兎沢に成長のヒントをくれたのが、パラリンピックで合計8個のメダルを獲得したポポフ氏だ。大学1年の10月に参加した義足のランニング教室で出会った。「彼と出会い、義足にはどんな動きができて、何ができないのかがクリアになった」。

 同じ大腿義足のレジェンドの教えで歩き方から見直した。速く走るためには義足側と健足側に、均等に体重を乗せる必要があり、筋力のバランスが大切。「普段私は義足側(左脚)の筋力を使わず、健足側(右脚)で歩いているみたいで、すごく注意される。彼と一緒にいるときは気を抜くことができないです」。競技中だけでなく、日常生活から義足と向き合う習慣が進化を後押しした。

 ポポフ氏を招いて実施した18年10月のパラ陸連強化合宿以降、競技会のたびに動画を送り、助言をもらう。昨年は3、6、9月とドイツに3回渡り直接指導を受けた。真面目で素直な21歳は、金メダリストのノウハウを着実に吸収し、19年6月には自身のアジア記録を37センチも更新する4メートル44の大ジャンプ。同年11月には世界選手権の走り幅跳びで3位に入り、東京パラリンピック代表に内定。飛躍の1年とした。

 コロナ禍で海外遠征が困難な状況でも、ビデオ通話などで継続的に会話。今季初実戦となった8月12日の日体大記録会では自己ベストを上回る4メートル51をマークした。次は10月3、4日の日体大記録会に出場予定だ。

 成長曲線を描くジャンパーにとって東京大会の1年延期はチャンス。「まだ100%の形ではない。(来夏は)ベストの状態で迎え、やり切ったと思えるようにしたい。結果としてメダルがついてくれば」。レジェンドの教えを胸に、兎沢が大きく羽ばたく。

★義足外れるトラブルも“諦めない精神”で勝利

 2冠に輝いた日本選手権。6回試技を行う走り幅跳びで、兎沢は1本跳ぶたびに、無観客のスタンドで見守る日体大の水野洋子監督の下へ向かった。

 「できる限りの対策をしようと話し合った」

 暑さが原因で、本番直前に義足が外れる初めてのトラブルに見舞われた。待ち時間に左脚(義足側)をパンプアップ。筋肉を大きくするなど工夫し、5本目でこの日最長の4メートル29をマーク。不屈の精神でトップに立った。「最後まで諦めなければ(結果は)変わることもある。途中で諦めちゃ駄目だよ」。指導する水野監督から常にいわれてきた“諦めない精神”が勝ちを呼んだ。

 練習の際も理想の形を追求するため、1本走るたび、1本跳ぶたびに意見をぶつけ合う。水野監督とポポフ氏の“チーム兎沢”で強くなる。

■兎沢 朋美(とざわ・ともみ)

 1999(平成11)年1月14日生まれ、21歳。茨城・つくば市出身。茨城・常総学院高卒。骨肉腫で小学5年時に左脚を切断。中学2年時に初めて、競技用の義足をつけて走った。日体大に入学後、本格的に陸上を始めた。大腿義足のT63クラスで、女子走り幅跳び(4メートル44)と女子100メートル(16秒39)のアジア記録を保持。19年11月の世界選手権(ドバイ)で銅メダルを獲得し、東京パラリンピック代表に内定した。159センチ、49キロ。

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