<Passion>「ラストシンデレラ」を支えた恩師のメッセージ 女子マラソン五輪代表・一山麻緒

引用元:毎日新聞
<Passion>「ラストシンデレラ」を支えた恩師のメッセージ 女子マラソン五輪代表・一山麻緒

 名古屋ウィメンズマラソン(8日)を日本歴代4位の好記録で制した一山麻緒(22)=ワコール=は、初マラソンからわずか1年で東京オリンピック代表の最後の切符をつかんだ「ラストシンデレラ」だ。中学、高校と目立った実績はなかったが五輪代表へと飛躍した裏には、高校卒業を前に恩師から送られた、心を揺さぶるメッセージがあった。【黒川優】

 2011年夏。鹿児島県出水市内の陸上競技場で、中学2年生だった一山が早朝から黙々と自主トレーニングに励んでいたところ、ふいに声を掛けられた。「一緒に朝練をしないか?」。それが出水中央高の女子駅伝部監督、黒田安名(やすな)さん(65)との出会いだった。

 小学5年生の頃から「運動会でリレーの選手になるために、クラスで一番速く走れるようになりたい」とスポーツ少年団で陸上を始め、中学では陸上部で長距離に転向した。しかし、思うような結果を出せず、「陸上をやめたい」とまで思い詰めた。そんな時に黒田さんから声を掛けられた。初めて本格的な陸上の指導を受けたことは新鮮で、競技への意欲を取り戻した。

 ◇走れないつらさ経験 走れる幸せ味わう

 出水中央高に進んだ一山は「勝つためにはなんでもする」と決意し、チームメートを引っ張った。自分にはもっと厳しく、全体練習後に2時間以上も別メニューに取り組んだ。猛練習で疲労が蓄積しても、すねに痛みを感じても、我慢して走り続けた。その結果、痛みが限界を超えて走れなくなった。失意の中、黒田さんから「走れないつらさは味わっておいた方がいい。その分、走れる幸せを味わえるから」と励まされ、足に負担の少ないプールで練習するなどして、故障しにくい体になったという。

 信頼関係をはぐくむにつれ、黒田さんを「2人目のお父さん」と呼ぶようになり、黒田さんも「娘のような存在」と応え、絆は深まった。一山の母優子さん(50)は娘について「元々はメンタルの弱い、甘ったれた子」と評したが、「褒めて伸ばす」黒田さんの指導で力をつけた。

 ◇「一番輝けるのは走っている時」

 転機が訪れたのは、高校卒業を控えた頃だった。練習日誌に黒田さんから、メッセージが書き込まれた。

 「麻緒が将来五輪の選手になってテレビで活躍する姿を想像すると、僕は長生きしないといけないね」

 読んだ瞬間、涙があふれた。「五輪選手になって、喜んでもらいたい。自分が一番輝けるのは、やっぱり陸上で走っている時」。世界トップを目指す過酷な戦いに挑む覚悟が固まった。

 トラック種目よりも五輪に出場できる可能性が高いと考え、マラソン挑戦を決意。高校の先輩が所属していた名門ワコール入りを目指し、同社のスカウトにマラソンへの情熱を訴えた。熱意は実り、16年にワコールに入社した一山は1年目から実業団駅伝で活躍したが伸び悩み、世界大会代表には縁がなかった。

 ◇「ひと回り成長した走り見せる」約束果たす

 調子が上がらず思い悩んだ時には、よく黒田さんに連絡した。レースを約1週間後に控えた2月28日も、無料通信アプリ「LINE(ライン)」でメッセージを送ったが、珍しく強気な内容だった。

 「約1カ月間、とても充実した毎日を過ごすことができ、今回の名古屋ではどんな結果であっても、きっと悔いは残らないと思います。(中略)ひと回り成長した私の走りをお見せできるよう、最後まで諦めないで走ります。見守っていてください」

 黒田さんからは「平常心で、歴史に残る走りをして」「麻緒なら大丈夫」などとエールを送られた。

 名古屋ウィメンズで、一山は黒田さんの期待に応え、2時間20分29秒の大会新記録をマーク。4回目のマラソンで初優勝した。04年アテネ五輪金メダリストの野口みずきがマークした2時間21分18秒の国内レースでの日本選手最高記録と女子単独レースでの日本記録を上回り、歴史を塗り替えた。

 「五輪本番は、ただ出るだけじゃなく、メダルを狙って走ってほしい」。恩師からの新たなメッセージを胸に、もう一段高みを目指す。

フォローする