仙台育英・男子 震災後に監督と部員8人から始まった復活への道 全国高校駅伝

引用元:毎日新聞
仙台育英・男子 震災後に監督と部員8人から始まった復活への道 全国高校駅伝

 男子第70回全国高校駅伝競走大会(毎日新聞社など主催)は22日、京都市のたけびしスタジアム京都(西京極陸上競技場)を発着点に7区間42.195キロのコースで開催される。仙台育英(宮城)は、都道府県予選会タイムが全国トップ。12年ぶりのV奪還へ、東日本大震災の翌年から指揮を執る真名子圭監督(41)にとっても勝負の時となる。

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 震災翌年の2012年、真名子監督の仙台育英での指導が始まった。前年の都大路での「成績不振」を理由に前監督が退任。それに伴い、同校の主力選手男女計10人が愛知・豊川に大量転校した直後のことだった。陸上初心者も含む部員はわずか8人。その年の県予選会は外国人留学生を起用するも東北に敗れ、都大路の連続出場が20年で途切れた。「育英(出身)じゃない人間が、育英の歴史を終わらせてしまった」と頭が真っ白になった。

 三重県四日市市出身。四日市工では都大路出場こそかなわなかったが、進んだ大東文化大で箱根駅伝、さらにホンダ(埼玉県)ではニューイヤー駅伝にも出場した。埼玉国体を翌年に控えた03年のレース中に負傷し、現役を退いた。

 引退後は仕事に専念したものの、陸上にささげてきた人生の目的を見失った。同僚らが新車種の企画会議で熱く語り合うのを見て、「好きなことを仕事にできるって最高だな」と思えた。現役時代にかなわなかった都大路の舞台に、指導者として立ちたい。06年に退職して大東大に戻ると、アルバイトを掛け持ちしながら4年間をかけて教員免許を取得。三重・鈴鹿で指導者人生をスタートさせた。

 2校目となる四日市中央工で陸上を指導していた12年、大東大の関係者の仲介で仙台育英の加藤雄彦理事長から監督就任を打診された。一度は断ったが、加藤理事長に請われて同校の練習を見学に行くと、被災し荒れ果てた田んぼのあぜ道を4人の部員が走っていた。「駅伝さえ組めるか分からない中、黙々と走る子どもたちの力になりたい」と思った。さらに「仙台育英の監督は誰もができることじゃない」との妻の言葉に背中を押され、就任を決意した。

 就任当初は部員の勧誘にさえ苦労したが、大東大のつてもたどって徐々に有力選手が集い始め、14年に地区大会枠で3年ぶりに都大路に復帰すると11位と健闘。再び連続出場の歴史を刻み始めた。

 今大会は都道府県予選会のタイムでトップとなり、優勝候補として都大路に乗り込む。「都大路出場が途切れた時も、批判をせずに皆が応援し続けてくれたから今がある」と真名子監督。選手たちには学校生活から自らを律し、仲間を大事にすることを繰り返し説いてきた。「新生・仙台育英」と共に歩んできた指導者は、8年間の成果を披露するつもりだ。【伝田賢史】

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