「毎日ずっと同じゲーム」の苦悩越え、パリへと歩む…東京オリンピック逃した銅メダリスト・荒井広宙

 2016年リオデジャネイロオリンピックの男子50キロ競歩銅メダリスト・荒井広宙(ひろおき)(富士通)が、21年4月11日の日本選手権50キロ競歩で優勝を逃し、東京五輪出場の望みを絶たれた。それでも、32歳のベテランは日本選手権後、3年後のパリ五輪挑戦を迷わず宣言。失いかけた競技意欲を取り戻すまで、苦しい道のりを歩んできただけに、まだまだ立ち止まらない。(運動部・西口大地)

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日本選手権で絶たれた東京への道、覚悟していた?

 日本選手権の前日、東京オリンピック男子50キロ代表最後の1枠を争う有力選手たちが集まった記者会見。「目指す結果を残すために、一番重要なポイントは?」という記者の問いかけに、荒井はこう答えた。「やはり、準備というのが一番大事。もう明日どう歩こうが、すでに結果は決まっていると思う」

 荒井が常々口にしてきた信条ではある。だが、表情と口調には、どこか悲壮なものが感じられた。言葉をそのまま受け取るならば、その時点で翌日の結末を、ある程度覚悟していたのかもしれない。 レース序盤の12キロ過ぎ、藤沢勇(ALSOK)が一気にペースを上げた段階で、荒井は先頭集団から遅れた。「1キロ4分20秒くらいを上限にレースを進め、後半動くようになってきたら上げていきたい」というプランだったが、力をつけたライバルたちは1キロ4分一けたのラップを何度も刻む高速レースを展開した。差はみるみる広がった。21年の日本選手権で懸命に進む荒井(中央のゼッケン4) 終わってみれば、優勝した丸尾知司(愛知製鋼)から11分29秒遅れの7位。所属チームの垣根を越えて合宿などで練習を共にし、背中で導いてきた後輩たちが上位に入った。厳しいレース結果になってしまった。

世界陸上で銀、世界チーム選手権で金…そして「燃え尽き」

 荒井には若手時代、2012年ロンドン五輪の代表入りを逃した経験がある。気負いから練習過多に陥って迎えた代表選考会で、不完全燃焼に終わった。雪辱を果たしたい一心で4年間を全力で過ごし、念願かなって初出場したオリンピックがリオだった。銅メダル獲得の快挙を「自分が想像もしていないような夢がかなった」と振り返る。

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