瀬古昴さん死去1カ月前 父利彦さんが見せた笑顔と真顔…家族への愛情がにじむ美しくも哀しい“遺言”

引用元:中日スポーツ
瀬古昴さん死去1カ月前 父利彦さんが見せた笑顔と真顔…家族への愛情がにじむ美しくも哀しい“遺言”

◇瀬古昴さんを悼む

 あの名古屋の出来事が、つい昨日のことのように思われてならない。今年の3月13日。取材する名古屋ウィメンズマラソンを翌日に控えて、私は、大会本部のある名古屋観光ホテルにいた。

【写真】引退する瀬古さんに花束を渡す幼少期の昴さん

 1階ロビーでくつろいでいると、マラソン解説でおなじみの増田明美さんが現れた。「ミツさん、これ差し上げます」と言って、彼女が差し出したのは真新しい1冊の本だった。表紙に「がんマラソンのトップランナー」瀬古昴(すばる)とある。

 それから何分経ったのだろう。今度は、著者の父、瀬古利彦さんが現れた。このホテルで行われる名古屋ウィメンズマラソンの関係者会議に出席するためだった。「これ、増田さんに戴いた。読ませてもらうよ」と言うと、彼は「どうも」と笑顔を見せた。

 彼の高校時代のレースを見、1浪の後、早稲田に進み、名伯楽中村清さんの門下生になった時からだから、付き合いはもう40年以上に及ぶ。あの名古屋で「どうも」の笑顔の後、すぐに真顔になって会議室へ向かった彼の後ろ姿が目に浮かぶ。あの日、忙しいのだろうなぁ、ぐらいにしか思わなかった自分が情けない。闘病を続ける昴さん、それを支える瀬古さんにねぎらいのひと言をかけられなかった悔いが、今も残る。

 ちなみに、増田さん、瀬古さんは、1984年ロサンゼルス五輪のマラソンの日本代表だった。ともに、体調面で不安を抱え、芳しい成績を残せなかったが、交友は今も続く。後で関係者から聞いて知ったが、増田さんは、自費出版された瀬古家の長男、昴さんのこの著書をまとめ買いし、知己に「読んでください」と、配り歩いていたのだという。

 あの名古屋から、ちょうど1カ月後の4月13日、8年に及ぶ悪性リンパ腫との戦いを終えた昴さんは息を引き取った。34歳の若さが辛い。

 いま、あらためて、増田さんに戴いた昴さんの遺作を読み返す。そして、最初に読んだときには気にならなかったが、この本には2つの側面があることに気付いた。難病と苦闘を続けながら、生への希望が明るいタッチで描かれる側面。そして、1カ月前には、何げなく読み下していた「第4章 僕と家族」に見る遺言の側面である。来る時があるかもしれないお別れを「母への尊敬」「父への思い」「僕と兄弟」「僕と祖母」と、項目をきちんと分け、感謝の言葉がしたためられているのである。いずれも、愛情がにじみ出る美しい文章である。それがまた哀しい。

(満薗文博、スポーツジャーナリスト)

中日スポーツ

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