【箱根への道】埼玉栄高・神山洋一監督、教え子の駒大1区・白鳥哲汰に「もっと強くなる」

引用元:スポーツ報知
【箱根への道】埼玉栄高・神山洋一監督、教え子の駒大1区・白鳥哲汰に「もっと強くなる」

 第97回箱根駅伝(2、3日)は歴史に残る大逆転劇で勝負が決した。埼玉栄高駅伝部の神山洋一監督(43)は、さまざまな思いを胸にレースを見守った。最終10区で3分19秒差を駒大に逆転されて惜敗した創価大の小野寺勇樹(3年)、1年生ながら駒大の優勝メンバーとなった1区の白鳥哲汰はともに教え子。平成国際大時代に、箱根駅伝出場にわずかに届かなかった神山監督は、全力で箱根路に挑んだ小野寺、白鳥ら卒業生に温かい言葉を贈った。

 創価大が惜しくも優勝を逃した一方で、駒大が13年ぶり7度目の栄冠に輝いた。1年生ながら優勝メンバーに名を連ねた白鳥も埼玉栄の出身だ。「レース直前に当日変更で1区を走ります、という連絡がありました。驚きました。自信を持って走ろう、と一言だけアドバイスしました」と、神山監督は笑顔で明かした。結果は区間15位。「まだスタミナが足りませんでした。ただ、白鳥の潜在能力は未知数。もっと強くなると思います」。高校2年時に全国高校駅伝1区(10キロ)で区間賞を獲得した逸材に対し、さらなる成長を期待している。

 第97回箱根駅伝に出場登録された選手は21チーム各16人で計336人。出身高校別では学法石川(福島)が最多の11人で、埼玉栄は6番目の6人だった。

 そのうちの一人、東海大の市村朋樹(3年)は1区登録されていたが、当日変更で3年連続で出番なし。チームのサポートに徹し、9区では給水係を務めた。右仙骨疲労骨折のため欠場し、同じく9区の給水係を担った青学大の神林勇太主将(4年)に対し、市村が「足、大丈夫ですか?」と気遣う様子が、日本テレビのドキュメント番組「もうひとつの箱根駅伝」で放送された。「立派な態度でした。出場できず、悔しいはずなのに他校の選手にも気遣いができる。誇らしい卒業生です。来年は最後のチャンス。箱根駅伝に出場して活躍してくれると思います」

 神山監督自身、箱根駅伝への思いは強い。埼玉栄高でエースとして活躍した後、1996年、平成国際大に1期生として入学。予選会のチーム成績は1年目から17位、15位、13位と順調に向上した。最後のチャンスとなった4年時、個人全体96位、チーム内3位と健闘したが、平成国際大は10位。当時の予選会出場枠は6校だったため、4年連続で涙をのんだ。その翌年、平成国際大は予選会を6位で突破し、初の本戦出場を果たした。「大学4年間、走路員(沿道整理)をしました。箱根駅伝、走りたかったですね…」。巡り合わせに恵まれず、新春の大舞台を駆けることができなかった神山監督は静かに話した。

 埼玉栄高は「全国高校駅伝の制覇」という高い目標を掲げると同時に、神山監督は「高校時代に基礎をしっかり築いて大学、実業団で活躍してほしい」と将来を見据えた指導をモットーとしている。「私自身は箱根駅伝を走ることができませんでしたが、その箱根駅伝で卒業生が頑張ってくれることは本当にうれしいです」。都大路から箱根路を目指して羽ばたいていく卒業生を、いつも温かく見守っている。(竹内 達朗)

 ◆神山 洋一(こうやま・よういち)1977年7月15日、埼玉・川島町生まれ。43歳。埼玉栄高2、3年時に全国高校駅伝1区出場。96年に平成国際大の1期生として入学。4年連続で箱根駅伝予選会に挑戦したが、本戦出場はかなわず。2000年に卒業後、強豪実業団の富士通に入社。04年に退社し、埼玉栄高の社会科教諭、駅伝部コーチに。13年から駅伝部監督を務める。

報知新聞社

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