【箱根駅伝】駒大“大逆転”のウラ側…コーチの証言「大八木のゲキは選手への『愛』なんです」

引用元:Number Web
【箱根駅伝】駒大“大逆転”のウラ側…コーチの証言「大八木のゲキは選手への『愛』なんです」

 箱根駅伝を終えて、秋から取材に使ってきた数冊のノートを整理する。監督、選手たちの声が膨大な文字となって記されている。

【写真】駒大・藤田コーチが22年前に箱根区間新を出したレアな1枚など…この記事の写真を見る

 ずっと読んでいると、駒澤大学の藤田敦史コーチを取材した際のメモが目に入ってきた。Number 1017号「箱根駅伝 ベストチームを探せ!」で、「大八木弘明、進化する愛の名将」を書く際に使ったノートである。

 藤田コーチは1995年に駒大に入学し、そのシーズンの最中にOBの大八木氏がコーチとして母校に戻ってきた。

 福島県出身のふたりにとってこれは運命的な出会いで、学生時代には箱根駅伝出場4回、4年生で走った4区では当時の区間新記録を樹立した。そして卒業間際に走ったびわ湖毎日マラソンでは2時間10分07秒のタイムで2位に入り、世界陸上セビリア大会の代表となって6位に入賞した。当時から寮母の役割を担っていた大八木監督の夫人、京子さんはこう振り返る。

「主人は藤田君を自宅の方に呼んで、マッサージをしていたこともありました」

シード落ちも……「青学時代」の苦難

 駒大から富士通に進んで2013年に現役を退き、2015年からは駒大のコーチに就任した。母校、そして大八木監督に恩返しする番が来たのである。

 藤田コーチが就任する前に行われた2015年の箱根駅伝では、駒大が4区まで先頭に立ちながら、5区で青山学院大の神野大地が「新・山の神」と呼ばれる走りを見せて逆転、駒大は総合2位に終わった。

 ちょうど「青学時代」の到来期にコーチに就任したわけだが、これ以降、駒大は苦難の時期を迎える。

 2016年、3位。

 2017年、9位。

 2018年、12位。

 2019年、4位。

 2020年、8位。

 特に2018年のシード落ちは、精神的にもこたえたという。

「大八木は落ち込んでいましたけど……」

 藤田コーチは当事者として責任を感じながら、還暦を迎える恩師が悩む姿を傍らで観ていた。

「大八木は落ち込んでいましたし、いろいろと葛藤があったと思います。でも、そのころから『変わらないといけない』という意識が強くなっていったと思います」

 大八木監督自身は、2018年から2019年にかけ、東京オリンピックのマラソン代表を目指していた中村匠吾への指導を通じて、指導方法に変化が表れた。藤田コーチはいう。

「同じマラソンに取り組んだと言っても、私と中村では、タイプがまったく違います。私は大八木と同郷ということもあって、コミュニケーションは取りやすい方だったと思いますが、中村は口数が少なく、黙々と練習をこなすタイプですから、大八木もいろいろなアプローチを考えたんだと思います」次ページは:「学生の意見を聞くようになりました」

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