13歳に初出場35歳完敗「まるで年上」全日本卓球

引用元:日刊スポーツ
13歳に初出場35歳完敗「まるで年上」全日本卓球

 駒大が初めて箱根駅伝を制したのが2000年。それから02~05年(4連覇)、08年と6度の優勝を誇るなど、2000年代は「黄金時代」を謳歌していた。だが、全日本大学駅伝の優勝こそあれど、不思議と箱根駅伝だけは栄光から遠ざかり、09、18年にはシード落ちする憂き目も見る時期があった。

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 しかし、19年に世代トップクラスの実力者である田澤廉が入学したあたりからチームは変わり始め、下級生の突き上げにより2020年は11月の全日本で6年ぶりの日本一。その勢いのまま、13年ぶりに箱根路も制した。悲願の「V7」達成の余韻が残る大会2日後、大八木弘明監督にインタビュー。言葉の節々からは、2000年代に続く「黄金時代」復活への熱意がひしひしと伝わってきた。

創価大の健闘に苦戦

――あらためて、優勝おめでとうございます。偶然にも、1年生を3人起用して優勝したのは2000年に初優勝した時と同じでした。それ以外にも共通点が多いのですが……。

大八木 あの時は1区・島村(清孝)、3区・布施(知進)、5区・松下(龍治)、1年生3人使って往路優勝したんです。それから前日の全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)で富士通が初優勝した時に、駒澤も初優勝した。今年勝てれば、あの時と一緒だなと思っていました。

――気づかれていたんですね。

大八木 気づいていましたよ。気づいていましたけど、9区を終えた時点では(3分19秒差もあって)「もう2番だなぁ」と思っていました(笑)。こんな若いチームだから仕方ないか、と。「来年へ向けて」という意識でチームを作っていた面がありますので、「絶対に優勝」とは思っていませんでした。夏あたりから1年生が良くなってきたので、「全日本大学駅伝は勝てるかもしれない」と思い始めました。

 さらに10月になると、全体で13人ほどがものすごくいい練習ができていました。(練習での10000mを)1年生が軽く29分30秒くらいで走れるし、変化走などすべての練習で良い手応えがありましたね。箱根も「往路優勝するか3番以内でいって、復路で流れに乗ったら、もしかしたらもしかする」と選手を送り出しました。そして6区の花崎(悠紀)に「お前次第だぞ」と言っていたんです。

――花崎選手はプレッシャーに強い性格のようですね。

大八木 そうですね。まったく動じませんでした。(花崎が区間賞を取り)本当は8区、9区で創価大との差を詰めようと思っていたのですが、逆に引き離されて、「ええ? こんなに創価大学は強いのか!」と思いました。「俺の計算、狂ったな。お手上げだなぁ」と。

 箱根駅伝は10000mの持ちタイムで実力が測れないものですが、創価大9区の石津(佳晃)君よりウチの9区・山野(力)のほうが1分ほど自己ベストは速いのです(石津:29分34秒46、山野:28分36秒18)。9区も「同じくらいではいけるだろう。10区で勝負だな」と思っていましたが……。9区を終えて3分以上(3分19秒)の差では、もう無理だろうと思っていました。

―― しかし、10区・石川拓慎選手は走り出しからキレのある動きでした。

大八木 区間賞狙いでいきましたから。「去年はラストに抜かれて恥をかいているんだから、区間賞を取って堂々とゴールしろ」とレース前に声をかけたら、「はい。区間賞を狙いにいきます」と返ってきました。最初から突っ込み、5km14分40秒くらいの感覚でずっと押していきました。そしたら、15kmの時には先頭がはっきり見えてきた。「ペースを落とすなよ!」と鼓舞して、ガンガンいきましたよ。次ページは:3年生の浮上、1年生からの刺激

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