【車いすバスケリレーインタビュー 女子Vol.16】鈴木百萌子「“Qちゃん”以来の憧れの選手に導かれて」

【車いすバスケリレーインタビュー 女子Vol.16】鈴木百萌子「“Qちゃん”以来の憧れの選手に導かれて」

インタビューした選手に「現在成長著しい選手」「ライバルだと思っている同世代選手」「ベテランから見て将来が楽しみだと思っている若手」「若手から見て憧れているベテラン」などを指名してもらい、リレー方式で掲載するこの企画。車いすバスケットボール選手の個性的なパーソナリティーに迫っていく。

文=斎藤寿子

Vol.15で登場した釜谷果純(Wing)が車いすバスケットボールを始めるにあたっての“恩人”の一人が、元チームメートの鈴木百萌子(Brilliant Cats)。2人は今でも一緒に個人練習に励む仲だ。身長170センチの鈴木は、高さが武器のセンタープレーヤー。女子日本代表の強化指定選手にも選出され、現在は東京パラリンピック出場を目指している。

一人のパラリンピアンとの出会いがきっかけに

小学6年の時にオリンピックに憧れていた鈴木は今、車いすバスケ選手としてパラリンピックを目指している[写真]=斎藤寿子 身長190センチの長身でスポーツ万能な父親と、身長160センチで元ソフトボール選手だった母親との間に生まれた鈴木もまた、スポーツが得意だった。幼少時代から水泳、空手、陸上をやり、特に走ることには自信があった。どちらかというと短距離に強く、高校までは常にリレーのメンバーに選ばれていたという。

 また、父親からのすすめで小学生の時は地元の月例マラソンに出場していた。そのため、シドニーオリンピックで金メダルを獲得した女子マラソンの高橋尚子さんの姿に感動したことは今でも鮮明に覚えている。

「自分がマラソンに出ていたこともあって、すごくカッコ良く見えたんです。卒業文集には『将来はオリンピック選手になる』って書きました」

 中学校では陸上競技部に入部した。しかし、特に練習しなくても地元の大会では必ず表彰台に上がることができた鈴木。家庭環境によって気持ちが荒んでいた時期だったということもあったのだろう。徐々に「一生懸命になること」に関心が持てなくなり、高校以降はすっかりスポーツとは無縁の生活を送るようになっていった。

 そんな鈴木が車いすバスケを始めたのは、25歳の時。23歳の時に事故に遭い、入院中のリハビリで知ったのがきっかけだった。

「入院中、一番楽しかったのがリハビリで体を動かす時間でした。その中に、車いすバスケもあったんです。リハビリの先生が『百萌子は背が高いから』と勧めてくれていたのですが、正直あまり興味はありませんでした。実際、病院の施設内の体育館で行われていたクラブチームの練習を見学に行っても、『すごいなぁ、かっこいいなぁ』とは思いましたが、『やりたい』とは思わなかったんです。見ているだけで十分って感じでした」

 鈴木を車いすバスケの世界にいざなったのは、ある人物との出会いだった。1992年バルセロナ、96年アトランタと2大会連続でパラリンピックに出場した元女子日本代表の岡本直子(Wing)だ。男子の中に交じり紅一点だったにもかかわらず、どの男子選手よりも巧みなプレーで目立っていた岡本に、鈴木はいつの間にかくぎ付けとなっていた。

 そしてある日、岡本に誘われて女子のクラブチーム「Wing」の試合を観に行ったのをきっかけに話はとんとん拍子に進み、鈴木はWingの一員となった。

「直子さんに“バスケ車を用意したから”と言われて初めて乗ったその日、言われるがままにゴール下からシュートを打ったら入ったんです。そしたらみんなに“片手で入れちゃったよ!すごいよね!”と言われて、楽しそうだしやってみようかなって。それもすべて直子さんのおかげです。私にとっては小学生の時の高橋尚子さん以来、いえ、それ以上に憧れの気持ちを持ったのが直子さんでした。直子さんがいなかったら、今の私はきっといないと思います」次ページは:日本代表HCも期待を寄せる奮起

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