福岡国際マラソン優勝の吉田祐也 初マラソンでレジェンド瀬古さんに即答で反論した芯の強さ

引用元:スポーツ報知
福岡国際マラソン優勝の吉田祐也 初マラソンでレジェンド瀬古さんに即答で反論した芯の強さ

◇福岡国際マラソン (6日、福岡市平和台陸上競技場発着=42・195キロ)

 マラソン2度目の吉田祐也(23)=GMOインターネットグループ=が日本歴代9位タイとなる2時間7分5秒で初優勝を飾った。

 青学大出身の吉田は、最初で最後となった前回の箱根駅伝の4区で区間新記録をマーク。さらに、その1か月後の別府大分毎日マラソンで2時間8分30秒で日本人トップの3位と大健闘した。2003年びわ湖で中大の藤原正和(現監督)がマークした2時間8分12秒の初マラソン日本記録&日本学生マラソン記録に18秒及ばなかったが、いずれも歴代2位の好記録をマークした。当初、今年3月の卒業を機に競技の第一線から退く考えで、大手食品メーカーのブルボンから内定を得ていたが、その後、競技者としての可能性を追求するため、丁重に内定を辞退し、GMOインターネットグループに入社した。

 初挑戦となった別大マラソンのレース直後の会見では、マラソンに賭ける気持ちの強さをのぞかせていた。

 その時の様子を一部、再現して、伝えたい。

 レース後、総括会見を行った日本陸連長距離・マラソン強化戦略プロジェクトの瀬古利彦リーダーは、会見場の後方で聞いていた吉田を招き、異例の同席会見が行われた。

 瀬古リーダー「吉田君は2024年パリ五輪に向けて戦力になる。競技を辞めないでほしいし、辞めるわけにはいないでしょう。将来性があります。きょうもひょうひょうと走っていた。集団の中でチョロチョロせず、自分で決めた位置を守っていた。ん? 吉田君がいるじゃないか。こっちに来なよ(同席会見スタート)。よく頑張りました」

 吉田「ありがとうございます」

 瀬古リーダー「大学卒業後は競技を辞めるつもりだったけど、箱根駅伝終わった後、私が続けた方がいいよ、とアドバイスしたから、続けることを検討しているという記事を読んだ。そうなの?」

 吉田「はい、そうです」

 瀬古リーダー「言った甲斐(かい)があったなぁ。本当に続けてほしいよ。(内定先の)ブルボンのクッキーを食べながらね」

 吉田「いえ、いえ」

 瀬古リーダー「マラソンは2回目、3回目が勝負。1回目のマラソンだけで終わる選手もいる。マラソンをなめてはいけないよ」

 吉田「なめていません」

 まさに間髪入れず。吉田は即答で“反論”した。自身の言葉通り、マラソンをなめることなく、愚直に練習を積み、2度目のマラソンで1分25秒を縮める飛躍を見せた。

 快挙を成し遂げたレースの翌朝も吉田は落ち着いていた。

「日本学生記録保持者の藤原さんについてインターネットで調べていると、藤原さんは大学4年のマラソンの後『内蔵疲労が大きかった』と話している動画を見た。筋肉疲労より気がつきにくい内臓疲労の方が怖いですね」と吉田は理知的に話した。実際、藤原監督は2003年びわ湖の快走で、その年のパリ世界陸上で日本代表に選出されたが、疲労と故障が重なり、欠場を強いられた。

 青学大の原晋監督(53)が「チーム史上でも最も練習をした」と証言する吉田は「すぐに走りたくなると思うけど、走らない我慢をしたい」と真面目に答えた。

 日本マラソン界のレジェンドの瀬古氏にも堂々と意見を言うことができ、自分自身に真正面から向き合っている。芯の強さを持つマラソンランナー吉田祐也は、2024年パリ五輪代表の有力候補だ。報知新聞社

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